FEATURED RESEARCHERS : Vol.5

映畫が気付かせてくれる、
“當たり前”の枠組み
映像やストーリーを通じて、
私たちが何者かを知っていく

立教大學 異文化コミュニケーション學部 異文化コミュニケーション學科 / 
教授 李 香鎮

INTRODUCTION

映畫は私たちにとって身近なエンターテインメントだ。
しかし、映畫は娯楽の顔を持つとともに、作られた國の社會狀況や時代背景、作り手の価値観が深く刻み込まれている。
李香鎮(イ?ヒャンジン)教授はそれらを注意深く観察して見つけ出し、そこに現れる多様な文化の姿を研究している。

INDEX

李先生

SESSION 1研究の概要

映畫における文化の違いを見つめ、解き明かす。

李先生

映畫に映し出されたアイデンティティーをたどる

李先生は映畫を主な研究対象として、民族や國家、ジェンダーやセクシュアリティといった、アイデンティティーの問題を探究している。例えば、日本の映畫と韓國の映畫を比較し、「女らしさ」「男らしさ」がそれぞれの國でどのように異なっているのか、映像やストーリーに反映されている作り手の価値観——それがどのようなもので、他の映畫とどのように違うのか、また、どういった問題があるのか、といったことを読み取り、分析している。

先生が擔當する授業では、映畫の中の食べ物に焦點を當て、集中的に見ることもあるという。
「メキシコ映畫の中に出てくるソウルフードは何か、アメリカ映畫ではどうか。何がどう違うかなどを調べます。“食”という文化を比較することで、日本では當たり前とされていることが、実はそうとは限らない、ということに學生は気付いていくのです」

別の授業では、文化や國境を越えて作られた映畫を取り上げ、議論する。
「例えば、アカデミー監督賞を受賞している臺灣出身のアン?リー監督のいくつかの映畫には、臺灣からアメリカに移住した家族が登場します。そこで、彼らはアメリカでどうやって生きていて、どんな問題が起こるのか、といったことを探ります。中國を舞臺にしたディズニーアニメ『ムーラン』を対象に、アメリカ人にとって中國の文化がどう映っているのかをリサーチすることもあります。映畫分析を通して、“文化を超える”とは一體どういうことなのかを勉強していきます」

最近は特に、日本における「ソーシャル?マイノリティ」の存在に強い問題意識を持つ。ソーシャル?マイノリティとは、社會の枠組みや価値観に上手くはまらず、こぼれ落ちてしまう人々。
「日本のことに興味を持つようになったのは、日本での生活が長くなってきて、帰屬意識が強くなったからかもしれません。先日の授業では、ドキュメンタリー映畫『在日朝鮮人「慰安婦」宋神道のたたかい「オレの心は負けてない」』の製作者を招き、一緒に鑑賞しました。在日韓國人たちに無理やり私たちの価値観を押し付け、國家や國籍で區切ろうとすると、日本?韓國のどちらにもうまく所屬できず、社會的に弱いポジションに置かれてしまう。そのことを學生に知ってもらい、どうすればいいかを一緒に考えています」

研究室風景

研究室の書棚にぶら下がっていた、たくさんの映畫祭のパスカード

SESSION 2今までの道のり

韓國にルーツを持ち、イギリスで學び、日本で教える。

研究室風景

研究室の書棚にぶら下がっていた、たくさんの映畫祭のパスカード

先生は、韓國?釜山生まれ。映畫研究の世界に踏み込んだきっかけは北朝鮮映畫の存在だった。
「私は1960年代に生まれ、韓國が民主化に向かう激動の時代に育ちました。當時の韓國では、北朝鮮の映畫を見ることは好ましくないとされていたのですが、隣の國に興味があったのです」
進學したソウルの延世大學では、「北朝鮮と韓國の映畫や舞臺蕓術の違いについて」社會學的にアプローチをしていたが、當時の恩師の勧めもあり、より専門的に研究をするためにイギリスのリーズ大學へ留學した。
「リーズ大學の博士論文では、“北朝鮮と韓國、それぞれの映畫における女性や民族、歴史を比較する”という內容を書きましたが、ちょうどそのタイミングで大ヒットした『シュリ』という韓國映畫が追い風になりました」
『シュリ』は、北朝鮮人の女性と、韓國人の男性との悲戀を描いたアクション大作。それまで「北朝鮮=悪」「韓國=善」という硬直した視點しかなかった韓國の映畫界に新しい風を吹き込んだ。先生は「運が良かった」と笑うが、2つの國の映畫について論じた博士論文が注目を浴び、イギリスのシェフィールド大學で教えることになった。

2001年、先生は初めて日本を訪れる。伊丹十三監督の『タンポポ』という映畫を研究するため、約3カ月間滯在した。しかし、研究は難航。
「映畫を分析するには、その映畫の持つ“文化”と“言葉”の両方を深く理解しなければいけません。でも、當時は日本の文化も日本語もよく分からなくて、資料を集めることすら難しかった。日本を深く分析するために、より長期にわたって滯在したいと考えるようになりました」

2003年に再び來日。その際の研究対象は、當時日本でブームになっていた韓流文化だった。毎週のように東京のコリアンタウンの一つ、新大久保に通い、ファンのコミュニティに入り込んだ。フィールドワークで観察対象の行動を記録?分析する“エスノグラフィー”という手法を用いてファンを深く理解しながら、韓流とは一體どういうものなのかを研究した。その結果を2008年に『韓流の社會學—ファンダム、家族、異文化交流』という本にまとめ、日本で出版。それがきっかけとなり、日本の大學で教えることになった。「新しい國、新しい言語で自分の人生にチャレンジしたいという気持ちがあって」とほほ笑む。

書籍の表紙

日本で出版された書籍『韓流の社會學—ファンダム、家族、異文化交流』

書籍の表紙

日本で出版された書籍『韓流の社會學—ファンダム、家族、異文化交流』

3つの文化をまたぐことのできる強み

先生の強みは、韓國、イギリス、日本、3つの言語と文化を経験していることだ。東アジア全體の映畫に詳しく、かつ、イギリスなど英語圏の動向も熟知しているので、カンヌやベルリンなど名だたる國際映畫祭に毎年招かれている。
映畫祭への參加は、「映畫」という研究資料を集め、知見を深める最も重要な場でもある。
「現地では、インディペンデント映畫から商業映畫まで40?50本の新作映畫を見ます。なかなか訪れることのないアフリカや中東、南アメリカ、インドネシアやフィリピンなどの映畫はより多く見るようにしています」
また、映畫祭では日本映畫について見解を求められることもあり、「“日本の映畫は今これが評判”、といった動向をレポートし、イギリスの映畫協會に提供したりもします」と話す。

ハーバード大學で講演した際の告知チラシ

SESSION 3今後の展望

映畫を通して、誰もが対話できる世界にしていきたい。

ハーバード大學で講演した際の告知チラシ

言葉や文化の垣根を越えて、新しい視點を生み出していく

研究の成果は定期的に學會で発表している。また、ハーバード大學やマサチューセッツ工科大學からの招待を受け、例えば「韓國映畫において反共産主義がどう描かれてきたか」や「日本のギャル文化とK-POPのセクシュアリティの違い」といったテーマで講演することも多い。講演のテーマは招待する側の希望に応じて柔軟に組み立てる。そして発表した結果は、學術雑誌や書籍といった形でまとめていく。

また、2000年にイギリスで出版された『Contemporary Korean Cinema』は世界中の大學で教科書として使われ、これまでイタリア語、スペイン語、中國語、韓國語に翻訳されている。待望の日本語訳は2017年刊行される予定だ。

李先生が願っているのは、自分自身の研究を通し、學生と対話を重ねることで、言葉や文化、國の異なる人々が積極的にコミュニケーションを取り、どんなことも共有し合う社會になっていくことだ。理想郷のようだが、そんな関係のあり方を一番體現しているのは、先生自身なのかもしれない。
韓國で育ち、イギリス、日本、それぞれの國に飛び込み、言葉や文化の垣根を越えてきた。そして、これまでに、多種多様な人が交流できる場をいくつも作り出している。イギリス時代は映畫祭を運営し、日本でも、映畫関係者をゲストに招き、多文化社會について考える映畫の上映とシンポジウムを毎年企畫している。

先生の研究活動は、さらに続く。
「フィクションが社會でどんな役割を持つのかを知りたいです。例えば北朝鮮について、私たちは映畫やテレビなどのフィクションとして作られたイメージでしか理解していません。それには正しいところもそうでないところもある。また、博物館で流れる戦爭の解説映像がありますね。あれも一つのフィクションですが、見た人は “戦爭とは何か”を理解した気になってしまう。それはとても危険なことだと思うのです」

先生は、1940?1950年頃に映畫製作に攜わっていた在日朝鮮人の人々を、約20年前から追いかけ続けている。彼らのことを本にまとめるためだ。
「長らくインタビューを続けてきたのですが、みなさんご高齢なので、できるだけ早く書き上げて読んでいただきたいのです。出版の予定は立っています。あとは私が頑張るだけですね」

RESEARCHER' S PROFILE研究者プロフィール

李 香鎮(イ ヒャンジン)  / 
LEE Hyangjin

異文化コミュニケーション學部異文化コミュニケーション學科 教授

1992年2月、延世大學校大學院社會學博士課程修了。
1998年11月、リーズ大學社會學コミュニケーション學科博士學位取得。
2000年9月~2008年、英國國立シェフィ-ルド大學東アジア學部教授。
2005年5月?2007年5月、立教大學経済學部日本學術振興會特別研究員。2008年9月より現職。
専門分野は映畫と大衆文化。
2014年9月~2015年9月、ハーバード大學金久招聘教授。
また、これまでに、マドリード自治大學(スペイン)、延世大學校、高麗大學校、梨花女子大學校(全て韓國)、筑波大學大學院、同志社大學、東京大學大學院、早稲田大學大學院などで、客員研究員?客員教授。

主な著書
Contemporary Korean Cinema: Identity, Culture and Politics(2001)Manchester University
『韓流の社會學: ファンダム、家族、異文化交流』(2008)巖波書店
『コリアン?シネマ』(2017)※みすず書房より刊行予定

その他
2000年~ The UK Korean Film Festivalディレクター
2012年~ Transnational Cinema Symposium(立教大學)オーガナイザー
2015年~ Transnational Cinema Study Day(英國)オーガナイザー
としても活動。

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