FEATURED RESEARCHERS : Vol.7

ヨーロッパが歩んだ政治の道が語るもの
過去の世界を知り、明日の世界を見つめる

Ariyoshi Ogawa

立教大學 法學部 政治學科 / 
教授 小川 有美

INTRODUCTION

政治とは、過去の人々の選択の歴史であり、いかに生きるかを問い続けた足跡でもある。
一つ一つの國々が歩んだその道のりを丁寧にたどることで、見えてくるものがある。
小川教授は、ヨーロッパがどんな変遷を経て現在に至ったのか、これからどこへ向かおうとしているのかを克明に追い、政治を巡る新たな視點を探る研究に取り組んでいる。

INDEX

小川 教授

SESSION 1研究の概要

一つの選択がどんな結果を生むか、今に至る政治の歩みを明らかにする。

小川 教授

北歐が福祉國家を築き上げたのは“當たり前”ではない

幾度にもわたる戦いを経て、分裂と統合を繰り返し、數々の苦難の上に築かれたヨーロッパ。その過程を通して、一つ一つの國に多様で個性的なデモクラシーが生まれ、「民主主義の建築現場」と言われるまでに発展を遂げていった。小川先生は、多様性に満ちたヨーロッパ政治の歩み、新たな局面を迎えている現在の姿を、「歴史」と「比較」の観點から分析している。

ヨーロッパにはイギリスやドイツのような大國もあるが、先生が最初に著目したのは小さな國々のユニークさだった。中でも興味を抱いたのは、福祉國家を築き上げた北歐の政治史だったという。
「北歐諸國は、よく知られているように社會保障が充実し、男女平等社會を実現しています。人々は『北歐は進んだ社會』と口をそろえますが、現在の姿に至った理由はあまり知られていません。『北歐では成立しても日本では難しい』とも言われますが、本當にそうでしょうか。その糸口を見つけるには、北歐の國々がたどってきた歩みをさかのぼる必要があると考えました」

豊かな自然があり、福祉や教育、環境といった分野で特徴的な社會政策を推進してきた北歐諸國。最初に訪れたのは大學時代だったという先生は、「なぜ北歐に惹かれたのか、研究は戀愛ではないですが一言で説明し盡くせないものがあります」と笑みを浮かべる。スウェーデン、デンマーク、ノルウェー3國の比較から始まった研究は、比較政治の分野で世界的な研究所を持つノルウェー?ベルゲン大學で客員研究員を務めた2年間を経て、さらに深まりを見せていった。

研究室には、數多くの北歐に関する書籍が並ぶ

「1800年代後半、日本の明治時代までさかのぼると、北歐と日本は農村國で貧しく、よく似ていたのです。しかし北歐の場合は、そこからいくつかの分岐點がありました。農民たち市民が政黨をつくり、都市と農村の人々が連合を組んで民主主義を勝ち取ったこと。第一次世界大戦の後に起きた世界的な経済危機を、ファシズムが席巻した他の諸國とは違う方法で乗り切ったこと。1970年代頃に、多文化主義や男女平等を取り入れていったこと。こうした歩みを注意深く見ていくと、現在の福祉國家は決して當たり前のものではなく、一つ一つの選択の結果であることが分かります」

丁寧なまなざしで、あたかも過去の人々と対話を重ねるように、國々の足跡をたどり、転換點を見つけていく。それは同時に、現在および未來の社會を考える上での一つの手掛かりとなる。
「社會がどのように成り立っていて、ある選択がどんな結果を生むか。それを解明することは、過去の歴史を新たな視點で捉え直すことができるだけでなく、これからの政治や社會に対する一つの選択肢を示すことにもつながると考えています。しかし、政治は人々の生活と大きく関わるものであるがゆえに、そこには社會的な責任も伴うのです」

研究室には、數多くの北歐に関する書籍が並ぶ

SESSION 2研究の発展

変化し続けるヨーロッパの姿を、多角的に見つめる。

知の交流から生まれた、數々の成果

北歐を出発點とした先生の研究は、次第にヨーロッパ全體を見渡すものへと広がっていった。それを後押ししたのは、數々の共同研究だった。
「研究は孤獨で、一人で対峙するものという面は絶対に欠くことはできませんが、一方では人とのつながりから広がっていく場合もあります。それが意外と研究者人生の転機になることも少なくないのです」

先生の呼びかけから、いくつかの成果に結び付いたものがある。一つは、選挙で選ばれた代表者ではなく、ごく普通の人々が話し合いを通じて政治を行う「熟議民主主義」に関する研究。EUやフランスからポーランド、ブラジルまでの事例をもとに比較研究を行い、『ポスト代表制の比較政治—熟議と參加のデモクラシー』(2007年、早稲田大學出版部)という書籍に結実した。

また、ヨーロッパの「マルチレベルガバナンス化」についての研究もその一つだ。
「ヨーロッパには、EU、國家、さらにはスコットランドや獨立問題で揺れるカタルーニャ地方といった地域のレベルまで、大小さまざまな枠組みがあります。EUが今まであった國家を壊したのではなく、むしろ政治やアイデンティティは多層化しているのではないか。その仮説のもとで、各國の研究者へのアンケートと現地調査を共同で行い、実態を明らかにしていきました」

理論と実証研究の橋渡しにより、政治の総合性を取り戻す

共同研究を一冊にまとめた『ポスト代表制の比較政治—熟議と參加のデモクラシー』

最近では、より発展的な試みとして「政治理論と実証研究の対話」をテーマにした共同研究を行った。その背景には、高度に専門分化する政治學への危懼があったという。
「社會の正義はかくあるべきだという議論を展開する思想や理論の研究者がいる一方で、統計學の手法などを用いて実証研究を手掛ける研究者もいます。しかし、そこには共通性が確保しにくくなっているように感じていました。政治學は、非合理性、不確実性を含んだ人間を探究する學問なので、あまり純粋に突き詰めていくと、かえって見えなくなるものもあるかもしれない。理論と実証研究の橋渡しをすることで、失われていた政治の総合性を取り戻したいと考え、各分野の研究者が集い対話する場を大切にしています」

「學會を権威にしてしまわず、人々が集まるためのプラットフォームになれば」というのが先生の考えだ。政治學の世界にとどまらず、學內ではグローバル都市研究所、平和?コミュニティ研究機構のメンバーとして、社會學、経済學、観光學など他分野の研究者と意見を交わすことも刺激になっているという。

共同研究を一冊にまとめた『ポスト代表制の比較政治—熟議と參加のデモクラシー』

SESSION 3研究で目指すこと

直面する試練の時代、その先にある明日の世界のために。

多様性と共同性のバランスを模索するヨーロッパ

ヨーロッパは今、EU統合や移民?難民の流入などにより、新たな曲がり角に直面している。
「第二次世界大戦後のヨーロッパは、おのおのが多様な個性を持ちながら発展を遂げてきました。しかしEU統合によってその個性を押し殺すほどの強いルールを設けたことで、ひずみが生まれ、ユーロ危機が起こってしまった。現在の移民?難民問題においても、共同で責任を持って受け入れようというドイツのような國がある一方で、一國の事情を優先するハンガリーやイタリアのような國もあります。こうした多様性と共同性のバランスを、ヨーロッパは模索しているところです」

先生が今、懸念している社會の分斷が2つある。一つは、ヨーロッパが築いてきた民主的で福祉的な社會と、イスラム圏の社會をどう共存させていくか。もう一つは、世代間の分斷だ。かつてノルウェー滯在中に目にしたのは、移民?難民の生活を手厚く保護し、大國とは異なる方法で平和を希求する北歐の姿だった。しかし、現在は北歐の國々でも反移民、外國人排斥を叫ぶ政黨が出てきているという。

「これだけグローバル化が進む中でも、文化と文化の矛盾、世代間の矛盾は決して淺くなっていません。こうした壁を超えるための研究は、専門の壁を超える共同研究でこそ進んでいくもの。私自身も取り組んでいくつもりですが、すでにこうした試みを始めている若手の研究者にも大きな期待をしています」

可能性のための多様性を追い続けて

社會は変えられるかと問うと、多くの學生が難しいと答えるという。しかし、世界の多様性を見失わない限り、可能性はゼロではないと先生は考えている。

「とても無理だと思われていることに対して、『別の選択肢』を提示することが政治學にはできるし、求められています。90%は無理でも、ある時代のある場面で、機會の窓が開かれた時に、10%の可能性が実現に向かうかもしれない。政治家はそれを巡って競い合うべきですし、政治學者は別のやり方でその可能性をつかもうとしているのです。そのためには、政治のいわば生物多様性が必要です」

研究者としての矜持を胸に、先生が見つめるのは未來の社會だ。
「研究者を目指す原點になった大學時代のヨーロッパ政治史の授業で、今でも覚えている言葉があります。ナチスドイツの時代に、シュテファン?ツヴァイクというユダヤ系文學者が書いた『昨日の世界』という有名な作品があるんですね。先生は最後の授業でその作品に觸れ、『授業で過去を振り返ってきたけれども、明日の世界を見ることも忘れてはいけない』とおっしゃいました。政治學が持つ多様な可能性を追い、『明日の世界』を見つめながら、目の前の研究に取り組み続けていきたいと思います」

RESEARCHER' S PROFILE研究者プロフィール

小川 有美  / 
OGAWA Ariyoshi

法學部政治學科 教授
法學研究科法學政治學専攻 教授

1987年3月、東京大學教養學部教養學科卒業。
1992年4月、東京大學法學政治學研究科政治學専攻博士課程単位取得満期退學。

1992年5月~2003年3月、千葉大學法経學部で助手、助教授を務める。1997年9月より2年間、ノルウェー?ベルゲン大學客員研究員。2003年4月より現職。ヨーロッパの政治を、大國のみならず北歐を含む中小國に焦點を當て、比較政治學?歴史政治學の手法により研究。EU統合のもたらす「民主主義の赤字」、リスク社會と福祉國家、人の移動とポピュリズムといった橫斷的なテーマを多角的に分析する。

2014年6月~2016年6月、日本比較政治學會會長
2018年10月~、日本政治學會理事長

主な著書
『Reconstructing Multiethnic Societies : the Case of Bosnia-Herzegovina』(2001)Ashgate.,
『市民社會民主主義への挑戦—ポスト「第三の道」のヨーロッパ政治』(2005)日本経済評論社
『ポスト代表制の比較政治—熟議と參加のデモクラシー』(2007)早稲田大學出版部
『グローバル対話社會—力の秩序を超えて』(2007)明石書店

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